忘れられた「ふつう」を再び「ふつう」に。「(ふつうの)煎り酒」開発秘話

#つくりて

(ふつうの)ショップが手掛けた調味料の一つ「煎り酒」。現代ではあまり聞きなじみがない調味料かもしれませんが、かつての日本で煎り酒は、一般的な調味料だったのです。

(ふつうの)ショップがなぜ、煎り酒を開発したのか。そして、監修を担当したミシュラン一つ星9年連続獲得の日本料理店『乃木坂しん』とともに、どんな味を目指したのか、そのこだわりをお伝えします。


かつての(ふつう)の調味料であった「煎り酒」

煎り酒という名前を聞いて、すぐにその姿を思い浮かべることができる方は、それほど多くはないのではないでしょうか。

室町時代から続く、日本古来の調味料である煎り酒は、日本酒と梅干、そして鰹節といういたってシンプルな材料から生まれます。その製法もまた素朴で、材料を煮詰めてアルコール分を飛ばし、風味を凝縮させるだけ。梅干しの爽やかな酸味と出汁の深い旨味、そしてほのかな塩味が調和した、繊細で上品な味わいが特徴です。

実は、煎り酒は醤油が普及する以前の日本における(ふつう)の調味料でした。室町時代後期から江戸時代中期までの約300年間、煎り酒は日本の家庭で当たり前のように使われていました。今では醤油を使うような刺身、和え物、煮物など、あらゆる料理に煎り酒が活用されていたのです。

しかし、江戸時代中期以降、状況は大きく変わります。関東地方での醤油生産技術の向上と効率的な流通により、醤油が安価で手に入るようになりました。さらに、保存性の高さと濃厚な味わいが江戸の都市住民に好まれ、天ぷらや鰻の蒲焼、握り寿司といった江戸を代表する料理にも適合したことで、煎り酒は醤油に取って代わられてしまったのです。


(ふつうの)ショップが「煎り酒」を選んだ理由

そんな歴史を持つ煎り酒を、今回(ふつうの)ショップが新商品として取り上げることになったきっかけは、『乃木坂しん』店主・石田伸二さんとの雑談の中で煎り酒の話題が出たことから。私たちはその背景にある事実に、強い関心を抱きました。

かつて家庭で(ふつう)に使われていたこの調味料が、現代では一般的ではなくなっている。しかし、高級料亭などでは今でも重宝されているという事実。それは、一般家庭からは姿を消しても、一流のプロの料理人たちはその価値を認め続けていたということ。私たちは、その価値を現代の食卓にこそお届けしたいと強く考えました。

また、素材本来の味を引き立てるという煎り酒の特性は、(ふつうの)ショップが商品開発において重視している点とも合致しています。

このことから、(ふつうの)ショップの新商品として、煎り酒に挑戦することを決めました。確かに一度は日本の家庭から姿を消した煎り酒ですが、健康志向の高まりといった現代の価値観の変化などを踏まえると、煎り酒が再び、一般家庭に受け入れられる土壌は整っているように思うのです。

監修を務めるのは、前述の日本料理店『乃木坂しん』店主・石田さん。素材を活かすことに重きを置く『乃木坂しん』のスタイル、そして、ミシュラン一つ星を9年連続で獲得している一流の日本料理店との協業は、(ふつうの)ショップが目指す煎り酒の開発に欠かせないと考えたからです。


こだわったのは、梅の風味。監修 『乃木坂しん』店主・石田さんの思い

「醤油は確かに美味しいですが、味が強すぎるんです。『乃木坂しん』では、お魚の味をしっかり召し上がっていただたくために、煎り酒をお出ししています」

『乃木坂しん』では、お造りを提供する際に醤油を出しません。代わりに、石田さんが調整した煎り酒を使用しています。塩味と酸味、この二つの要素を何より大切にする石田さんにとって、その両方を兼ね備えた煎り酒はベストな調味料なのです。

「煎り酒は醤油のような万能調味料ではありません。しかし、食材の下支えをしてくれる、食材を引き立てる脇役としては最高の存在だと思います」

今回、「(ふつうの)煎り酒」の開発において、石田さんが最もこだわったのは梅の風味でした。目標は、『乃木坂しん』で実際に作っている煎り酒と限りなく近いものを作ること。しかし、保存料を使用せずに、一定の賞味期限を確保しつつ、多くの方に手を取っていただける価格に抑えるという制約の中で、理想の味を実現するのは決して簡単ではありませんでした。

その結果、たどり着いたのが「追い鰹」と「三種の梅」による二段階製法です。まず国産の日本酒・水・花かつお・梅干を90℃で50分煮詰めて香りや旨味を抽出し、日本酒の米の旨味としっかりと合わせます。濾過後、再び花かつおを投入し、梅干エキス・濃縮うめ果汁を加えて、更に120分じっくり沸騰させない温度で加熱。3つの梅原料がそれぞれ異なる風味を担い、単一では出せない複雑で多層的な梅の味わいを実現しました。

「市販の煎り酒は、醤油の代用品として塩味が強いものが多いんです。でも、それでは醤油と同じで、調味料の味が勝ってしまう。『(ふつうの)煎り酒』では、味が強くなりすぎないよう、繰り返し調整をしていただいて、すごくまろやかな味わいに仕上がりました」

(ふつうの)煎り酒は、お造りだけでなく、野菜サラダのドレッシング代わりや、マヨネーズと混ぜたドレッシング、甘みを加えた甘酢あんかけなど、さまざまな用途に応用できる可能性を秘めています。醤油にはない酸味という要素が、料理の幅を大きく広げてくれるのです。


600年前の「ふつう」を、現代の「ふつう」へ

600年前、煎り酒は日本の家庭にとって当たり前の(ふつう)でした。時代の流れによって、一般家庭ではその座を醤油に譲りましたが、「乃木坂しん」のような一流の日本料理店では、その本物の価値が決して忘れられることなく大切に受け継がれてきました。

そして今、技術の発展と価値観の変化により、煎り酒が再び(ふつう)になる条件が整っています。冷蔵技術の発達により保存の問題は解決し、醤油の半分以下という低塩分の煎り酒は、健康志向の高まりの流れともマッチしています。さらに、和食だけでなく洋食や中華料理への応用も十分可能です。

プロの料理人が使い続けている理由を、あなたの食卓で実感してみてください。醤油とはまた異なる、繊細で上品な味わいが、いつもの料理に新しい発見をもたらしてくれるはずです。煎り酒を、あなたの(ふつう)にしませんか。


乃木坂しん

石田伸二さん

1996年に徳島の料亭に入社。本店、各地のグループ店にて調理とサービスの経験を積む。
東京・銀座の星付き日本料理店(当時三つ星)に入社。同年8月にグループ店料理⻑に就任。
帰国後、同店料理⻑に就任。飛田泰秀氏の目標に共感し、日本料理業界での⻑年の経験をもとに、日本料理「乃木坂 しん」を開店。 同年、オープンから半年でミシュランガイド東京2017において一つ星を獲得〜現在まで一つ星を獲得。

この記事を書いた人
早川大輝

1992年生まれ。Web系編集プロダクションから独立後、フリーランスの編集者・ライターとして活動しながら、最近ではYouTubeやPodcastのディレクションも。企業のオウンドメディアのほか、ドラマ・お笑いなどのエンタメや食にまつわるコンテンツ制作を行う。
X: @dai_nuko
Instagram: @uron_oolong

湯本浩貴

1993年生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。2017年より写真家 上田義彦氏に師事。広告、CM、映画制作などを経験。2023年に独立。写真/映像と両方の分野でジャンルにとらわれず活動。第40回Canon写真新世紀佳作。
Instagram: @hiroki_yumoto

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