日本古来の調味料を現代に。ミシュラン獲得の料理人監修「(ふつうの)煎り酒」の裏側
(ふつうの)ショップの煎り酒は、ミシュラン一つ星を9年連続で獲得する「乃木坂 しん」の石田伸二店主が監修し、約半年・20回以上の試作を重ねて完成したクラフト調味料です。醤油が普及する以前から日本の食卓を支えてきた伝統調味料「煎り酒」を、家庭で手軽に使える形に再構築しました。
(ふつうの)ショップの商品開発は、監修シェフ・商品開発担当・品質管理担当・工場の四者が連携して進めます。監修シェフが味の基準をつくり、品質管理担当が製造の設計と工場とのやり取りを担う。その間に立って全体をリードし、味・原価・スケジュールの着地点を見極めていくのが、商品開発担当です。完成した商品にその名前が載ることはありませんが、シェフの理想と製造の現実をつなぎ、一つの商品を形にするまでの道のりを最前線で走り続ける存在です。
以前の記事では、監修を務める石田店主に「(ふつうの)ショップ」への想いや煎り酒に込めた哲学を伺いましたが、今回はその"もう一つの視点"──商品開発担当者の目線から、煎り酒が生まれるまでの裏側を、現場のリアルな声とともにお届けします。
煎り酒とは?醤油より古い、日本の万能調味料
煎り酒とは、日本酒に梅干しや鰹節などを加えて煮詰めた日本古来の調味料です。醤油が広く普及する江戸時代中期以前、日本の食卓で主役を張っていたのは、実はこの煎り酒でした。
現代ではその存在を知る人は多くありませんが、素材の味をやさしく引き立てる穏やかな風味は、白身魚の刺身や冷奴、おひたしといった和食と抜群の相性を持ちます。塩味に頼らず、出汁と梅の風味で料理の輪郭を整えてくれる。醤油とはまったく異なるアプローチで、食材のポテンシャルを引き出す調味料です。
(ふつうの)ショップでは、この忘れられかけた伝統調味料を現代の家庭で日常的に使えるよう、ミシュラン獲得の料理人監修のもと商品化しました。
きっかけは、シェフとの何気ない一言だった
煎り酒の商品化は、綿密なマーケティングから始まったわけではありません。きっかけは、ミシュラン一つ星を連続獲得している日本料理店「乃木坂 しん」の石田店主との、ごく自然な会話でした。
2024年11月、虎ノ門横丁で実施した飲食イベント『(ふつうの)食堂 Produced by 乃木坂しん』。その会場で石田店主と雑談をしていた商品開発担当者は、何気なく「やりたい商品ってありますか?」と尋ねました。
「石田さんに軽く聞いてみたら、"そういえば煎り酒とかはどう?"と。正直、僕は"煎り酒って何ですか?"という感じでした。でも話を聞いていくと、乃木坂 しんのお客さんからも"煎り酒を買えないですか"という声が少しあったみたいで。食通のお客さんにそういうニーズがあるんだと思って、持ち帰って調べてみたら、これめちゃめちゃ面白いなと思ったんです」(商品開発担当)
煎り酒は認知度が低い。普通なら不安材料になるはずのその事実が、商品開発担当者にはむしろ可能性に映りました。
「誰も知らない商品を売るのは初めてだったので、不安はありました。でも、僕らのブランドだと認知度があるかないかってそんなに関係ない。むしろ既存の商品と価格の比較勝負にならないぶん、POPUPとの相性はいいだろうなと。知られていないからこそ戦いやすいんじゃないかと思ったんです」(商品開発担当)
不安よりも可能性の方が大きく見えた。それが、煎り酒の商品化を決断させた原動力でした。
「正解を誰も知らない」──前例のない商品開発の始まり
前述の通り(ふつうの)ショップの商品開発は、監修シェフ・商品開発担当・品質管理担当・工場の四者が連携して進めます。
石田店主が乃木坂 しんで実際に使っている煎り酒のレシピを基準に、品質管理担当が工場で再現可能な製造工程と原材料を設計。工場に試作を依頼し、出来上がったサンプルに対してフィードバックを重ねていく──その全体を見渡しながら判断を下していくのが、商品開発担当の役割です。
文字にすれば明快なプロセスですが、実際の商品開発ではそう簡単にはいきません。
「まず、みんな正解を知らないんです。煎り酒を作ったことのある工場がそもそも見つからないし、品質管理担当も煎り酒を知らなかった。僕と石田さんは乃木坂 しんの煎り酒を知っているからイメージは出せるけど、工場の人たちはそもそも煎り酒を飲んだことすらない状態だったので、完成イメージのすり合わせがまず大変でしたね」(商品開発担当)
たとえばマヨネーズなら「他社製品Aと比べて、もう少しこういう方向性にしたい」と伝えられます。誰もが知っている調味料には共通の物差しがある。しかし煎り酒にはそれがない。比較対象がないまま、ゼロから味の着地点を探るしかなかったのです。
「もう、ひたすらサンプルとフィードバックを重ねて、認識のギャップを少しずつ埋めていくしかなかった。でも工場の人たちもプロなので、原材料と工程さえ指定すれば出来上がりのイメージはある程度つきます。そこをベースに調整を重ねていきました」(商品開発担当)
3種の和歌山産梅が生み出す、譲れなかった味の設計
煎り酒の味を語るうえで避けて通れないのが、梅へのこだわりです。(ふつうの)ショップの煎り酒では、すべて和歌山県産の梅を使用し、その種類は3つ。通常の梅干し、梅エキス、そして濃縮梅です。
「梅は3種類使っていて、それぞれ微妙に役割が違うんですよね。香りを立たせるものと、味覚としてしっかり感じさせるもので分かれてくる。国産の梅をしっかり使っていきましょうというのは最初からありました」(商品開発担当)
3種の梅はただ混ぜているのではなく、風味の層をつくるために設計的に配合されています。煎り酒はそもそも使用する原材料が非常にシンプルです。だからこそ、素材ひとつの品質差がダイレクトに味に反映される。梅の風味をどこまで出すか、出汁とのバランスをどう取るか、酒の香りが残りすぎないようにするか──少ない要素の中で、一つひとつの調整が最終的な味を決定づけていきます。
しかし、こだわりには当然コストが伴います。
「梅を使いすぎると原価が上がるので、梅の実じゃなくて梅エキスで対応しようとか考えましたが、そうなると品質の良い梅エキスが必要になって、また高くなる。味の調整と原価のバランスが、やっぱり難しいところでしたね」(商品開発担当)
素材選びと原価のせめぎ合いは、開発を通じて常に付きまとった課題でした。それでも品質基準を下げるという選択はしなかった。その判断が、完成品の味に表れています。
出汁と梅の両立──既存の煎り酒にはない味の奥行き
完成した(ふつうの)ショップの煎り酒は、私たちが理想とした、重層的で奥行きのある味わいを持っています。その最大の特徴は、出汁の深い旨味と自然な梅の風味が、どちらも消えずに共存していることです。
「一般的には煎り酒って、出汁が強くて梅が弱いんです。僕らのやつは出汁もすごく残っているし、みんなに試食してもらうと"出汁がすごいね"ってなるんですけど、それに消えずに自然な梅の風味が残っている。ここは結構、技術力が出ている部分かなと思っています」(商品開発担当)
出汁が強いからこそ、梅の風味が引き立つ。一見矛盾するようですが、味のバランスとはそういうものだといいます。
「味って複合的なんです。たとえばえぐみがあった方が甘みを感じやすいとか、甘みを出したいから塩味を下げればいいってわけじゃない。出したい味をどう感じさせるかのバランスがすごく重要で、そこが一番苦労したポイントでしたし、すごくよくまとまったなと感じている部分ですね」(商品開発担当)
鰹節の追い鰹を含む出汁の設計と3種の梅の配合。鰹も意図的にしっかり出さないと存在感が消えてしまい、梅だけが前に出る味になってしまう。そのバランスを追い込んだ先に、この煎り酒ならではの奥行きが生まれました。
20本以上の試作と、品質を諦めない覚悟
開発期間は約半年。その間に製造した試作サンプルは20本以上にのぼります。一つひとつのサンプルに対して、石田シェフや品質管理担当からのフィードバックを受け、調整を重ねていきました。
しかし、改善を重ねるほどに別の問題が生まれます。
味を良くすれば原価が上がり、原価を守れば味に制約がかかる。この終わりのないジレンマの中で、どこで踏ん切りをつけるかが毎回の開発における最も難しい判断です。
「最高品質の味を実現したいという気持ちと、どこかで折り合いをつけなきゃいけないという気持ちと、両方あるんですよね。原価を無視すればいくらでもいいものは作れると思うんです。でも、僕らが売ろうと思っている価格もある。その枠組みの中でいいものを作るっていう制約は、どのメーカーも抱えていることだと思います」(商品開発担当)
最終局面では、商品開発担当者と品質管理担当で判断を固め、石田店主に複数案を提示する形で着地点を探りました。これ以上の改善は原価の許容ラインを超える。タイムラインの延長も難しい。理想を追い続けたいという想いと、お客様に届けられる価格で商品化するという責任──その両方を抱えたまま決断を下すプロセスは、開発現場のリアルな葛藤でした。
「どこを切り取っても、美味しいと言える」──完成の瞬間
そうした試行錯誤の末に、商品開発担当者が満足できる煎り酒が完成しました。
「どの観点で切り取っても、美味しかったんです。自分の感覚で評価しても、乃木坂 しんで実際に作っているものに限りなく近く、これこそが(ふつうの)ショップが求めていた煎り酒だと自信を持って言える仕上がりになりました」(商品開発担当)
特に確信を深めたのは、煎り酒が「一口で良さが伝わる調味料」だと確認できたことでした。出汁の香り、梅の風味、米由来の甘みや質感。構成要素がはっきりしているからこそ、初めて口にする人にも魅力がストレートに届く。
「一口で"あ、これ美味しいな"って思ってもらえる味だなと。POPUPで試食してもらえれば良さが分かるし、実際に買って使ってもらっても良さが伝わる。煎り酒は、誰にでも自信を持って紹介できる商品です」(商品開発担当)
煎り酒に、もう一度日の目を
(ふつうの)ショップの煎り酒は、「日常に煎り酒を取り入れたことがない人」にこそ届けたい商品です。
普段使わない調味料だからこそ、食卓に取り入れるだけで小さな特別感が生まれます。スーパーで買った白身魚の刺身にひとかけするだけでワンランク上の味わいに。お正月のお煮しめにそっと加えれば、いつもの料理がちょっとした贅沢になる。日常の延長線上にある、さりげない格上げ。
「煎り酒って、日常に取り込んでいる人がまだほとんどいないと思うんです。だからこそ、まず知ってほしい。そして日本の伝統的な古来の調味料として、もう一度煎り酒自体に日の目が当たってほしいなと思っています。普段使っていないからこそ、使うとちょっと特別な気分になれる。それを感じてもらえたらいいですね」(商品開発担当)
醤油が当たり前の現代だからこそ、煎り酒という選択肢があることを知ってほしい。その入り口として、(ふつうの)ショップの煎り酒が誰かの食卓に届くことを、商品開発チームは願っています。
よくある質問(FAQ)
煎り酒とはどんな調味料?
煎り酒とは、日本酒に梅干しや鰹節などを加えて煮詰めた日本古来の万能調味料です。醤油が普及する前の日本では主要な調味料として使われており、素材の味をやさしく引き立てる穏やかな風味が特徴です。
(ふつうの)ショップの煎り酒は誰が監修している?
ミシュラン一つ星を9年連続で獲得している日本料理店「乃木坂 しん」の石田伸二店主が監修しています。石田店主が実際にお店で使用しているレシピを基準に、家庭で使える商品として開発されました。
他の煎り酒と何が違う?
最大の違いは、出汁の深い旨味と自然な梅の風味が高い次元で両立している点です。和歌山県産の3種類の梅素材を使い分け、追い鰹の出汁とバランスを取ることで、絶妙な味の奥行きを実現しています。
煎り酒はどんな料理に合う?
白身魚の刺身、冷奴、おひたし、卵かけご飯など、素材の味を活かしたい料理との相性が抜群です。醤油の代わりとして使うと、塩分を抑えつつ旨味と風味を加えることができます。
煎り酒の開発にはどのくらいの期間がかかった?
開発期間は約半年です。その間に20本以上の試作品を製造し、店主へのフィードバックを繰り返して味を完成させました。