「(ふつう)とは、心地良さの探究のこと」工芸喜頓・石原文子さん
日々さまざまなこだわりや、習慣とともに生きている私たち。仕事で大切にしている決まりごと、暮らしの中で欠かせない習慣、人生で譲れないこだわり。そんなこだわりや習慣の積み重ねのことを、その人にとっての(ふつう)と呼ぶのではないでしょうか。
この連載では、そうした一つひとつのお話を通じて、さまざまな分野で活躍する人たちの(ふつう)を紐解いていきます。
今回お話を伺うのは、東京・世田谷区にある民藝の器を扱うショップ「工芸喜頓(こうげいきいとん)」の石原文子さんです。民藝とは「民衆的工藝品」の略で、庶民の生活に根差した実用的な生活の中に美しさを見出す概念のこと。
石原さんは、男女問わず通える器屋を作るため、システムエンジニアの夫とともに2013年に実店舗をオープンしました。もともと、アパレル業界でマーケティング職を務め、フランスのパリと東京を行き来する生活をしていたという石原さんが、なぜ日本の民藝の器に触れるようになったのか。
そして、お店の前身となったオンラインショップ“日々の暮らし”立ち上げから数えて、約15年もの間、器に向き合い続けてきた石原さんにとっての「(ふつうの)器」についてお話を伺いました。
住宅街の中でふらっと立ち寄れるお店を目指して
――お店の佇まいからは、少し入るのを躊躇ってしまいそうな空気感があるのですが、いざ入ってみると心地がいい空間ですね。
「お店に入るときは緊張したけど、実際に入ってみるとイメージが違った」とよく言われます(笑)。今でこそ世田谷線沿いはオシャレな町として注目されていますけど、お店を構えた2013年当時はまだ周辺にお店がほとんどない住宅街でした。近所の方が散歩の途中でふらっと立ち寄れるようなお店にしたかったので、流行に多少なりとも左右されるギャラリーではなく、普遍的かつ一器屋にしたかったんです。
意識している点としては、全国各地のそれぞれ性質の違う土を用いて作られた器には、その地域ごとに長年継承されてきた焼き物の文化があるということ。できる限り窯元ごとに並べ、各窯元の器の全体像がお客様に見えるようにすること。それらを踏まえた上で、お店全体の色味や形に心地よさを感じていただけるように意識しました。
また、ある程度の枚数を重ねて陳列することで、枚数が必要な方にも、自分の一枚を選びたい方にも安心して見ていただけるよう心がけています。特に、買い換える方が多い取り皿や醤油皿、飯碗などは比較的選びやすい価格帯のものも買い付けるようにしています。
そのほか、BGMを流す音響は「音質が良すぎると、器に意識が向かなくなるから」という夫のアドバイスを参考にしました。ちょうどお店の内装をしてくださった職人さんが聞いていたmakitaのスピーカーが、絶妙な音具合とコンパクトさで。お店でも取り入れさせてもらいました。
そうした工夫の甲斐あってか、男性も女性も、近所の方から近隣のAirbnbに宿泊している外国人観光客の方まで、いろんな方が立ち寄ってくださいます。
――入ってこられたお客さまにはどんな風に声をかけていますか?
私はお店で接客されるのが苦手なので、自分の店でも全く接客をしないんです。なにか聞かれたり、「これって誰の作品だろう?」などというお話が聞こえたりしたときに話しかけることはありますが、基本的には挨拶だけしてパソコンで作業しています。
お客さまがいないときは、一人で気ままにサッカーの試合を観てることもあるので。もしもパソコンに向かって眉間にシワを寄せていたとしたら、サッカーの試合を観ているときかもしれません(笑)。それくらいゆるいお店なんです。
料理のモチベーションを上げる“インテリア”としての器
――石原さんが器に惹かれ始めたきっかけはなんだったのでしょうか?
料理のモチベーションを上げたいと思ったことがきっかけでした。おいしいものは好きだったのですが、正直なところ料理は好きではなくて。ただ、結婚して子どもができると、家族のために食事を毎日作る必要が出てきた。どうにか自分のテンションを上げたいなと考えたとき、好きなファッションやインテリアの要素を料理に取り入れるしかないと思ったんです。
器選びは、器のかたちはもちろん、食材との色や素材感を組み合わせて1人遊びをしている感覚。だから私にとって、器はあくまで“インテリア”なんです。
――器選びが楽しくなると「この器に合う料理を作りたい」という“逆転現象”も起きそうですよね。数ある器の中でも、なぜ日本の民藝の器だったのでしょうか?
フランス留学をしていたときに、パリの美術館で開催されていた民藝展のポスターを見て、その存在を知りました。当時は各国の蚤の市でフランスやメキシコの器を買い集めていたのですが、日本の民藝の器にはアフリカの器を思わせるような普遍性や、他の国にはない土感があり、心をつかまれましたね。
帰国してから東京・駒場にある日本民藝館に立ち寄ったときは、自分好みのあまりの美しさにショックを受けたほどです。もともと古材や古布、タバコの巻紙などのプリミティブなものが好きで、角が削れて丸くなったきれいな石をコレクションしていた時期もありました。地元の素材を使って無作為に作られる民藝は、私の好みや美意識に合っていたんでしょうね。
民藝の器の魅力は、のんびりしたかわいらしさ
――石原さんは、日本の民藝の器のどんなところに魅力を感じていますか?
「民藝の器だから」と意識したことはないですね。ただ、作家ものの器だとなにを意図して作ったのかがわかることが多いのに対し、民藝の器には代々受け継がれてきた技法や形、釉薬などを日々繰り返し、数多く作ることで出るゆったり感がある。
私はそもそも、のんびりした愛らしいものが好きなんです。だから意図していない抜け感がある民藝に自然と惹かれていったんじゃないかなと思います。
――お店の中にある器の中で、石原さんが特に好きなものはありますか?
たとえば、この器はサイズ感に対してのんびりした楽しい感じがしますよね。それから釉薬(※)のたまりのバランスが良く仕上がっていると思います。あとはこの模様はスタンプのように押して付けているのですが、弱すぎず強すぎずの塩梅で押されていることで絶妙なリラックス感が生まれている気がします。
※陶磁器の表面に塗って焼き付けるガラス質の塗料のこと。焼成後の色や質感を左右する。
この器のぽってり感も好きです。同じシリーズの器は私も持っているのですが、色が合わせやすくて大皿料理からサラダまでどんな料理にも使えるんですよ。使っていくうちに「貫入」と呼ばれる網目のような模様が出てくる変化も楽しいですね。あとはここに豆大福が乗っていたらかわいいだろうな、なんて考えます。
――石原さんにとっては「のんびり」や「楽しい」がキーワードなんですね。買い付けの基準はあるのでしょうか?
お店を始めた当初は自分の好みだけで選んでいました。たとえば「トウモロコシや卵の色味と合わせたらきれいだろうな」とか、この器が食卓にあると楽しいかおもしろいかといった基準ですね。
ただ、器を買って食卓を作るのはお客さまなので、お客さまが普段作る料理やお手持ちの器と合わせられるかどうかも考えるようになりました。ラーメン丼が欲しいというオーダーがあれば探してきますし、夏はガラス皿、秋から冬にかけてはサンマを乗せる魚皿や鍋の取り皿も多めに買い付ける。そのときどきのお客様のニーズに合わせながら、ラインナップを考えています。
(ふつう)とは、心地よさの探究のこと
――民藝の器にはどこか敷居の高さを感じる方もいらっしゃると思います。お客さまが迷われていたら、どんな風におすすめされていますか?
まずはあまり深く考えすぎず、好きか嫌いかの直感で選んでいただきたいです。お手持ちの器との組み合わせを考えるという軸もありますが、まだあまり器を持っていない方であれば、ぜひ直感からスタートしていただきたいと思っています。
とは言え、使い勝手が悪いと使わなくなってしまうので、用途に合った大きさや重さかどうかを考えることも大事ですよね。たとえば「ラーメンを食べるために」と縁がある器を購入しようとされている方には、用途に即したふちのない口当たりのよい器を勧めてみたり。こうした実用性は、民藝の器の作り手たちが大切にされていることの一つでもあります。
お客さまの年齢を問わず「なにを買うのが“正解”なんですか」という質問をいただくことが多くて、中には人目を気にして選ぶのを躊躇されている方もいらっしゃいます。ただ、私自身は人目や“ふつう”を全く気にしたことがないので、自分の“好き”に従って選ばれるといいのになと思います。先ほどお伝えした重さや持ちやすさも、使いながらわかっていくものだと思うので。
――“ふつう”を意識したことがない石原さんにとって、(ふつう)の器の楽しみ方とはどんなものですか?
一言で言うと、心地よさの探究ですね。たとえば、ファッションやインテリアが好きなのは、それぞれのアイテムを組み合わせて自分なりの美しさを作り出せるからなんです。家の中でお世話している植物は、視覚的な配置の美しさはもちろんですが、光の入り方や風の抜け方までをトータルで考えます。最近始めた菜園でもレンガを並べながら、自分なりに色やかたち、質感のバランスを模索している。買い付けがない店休日は、そうした調整を1日中延々とやっています。
私にとっては器も同じで「この器は卵焼きに合うかも」とコーディネートを楽しむ感覚に近いんですよね。最近では子どもが大きくなってきて「この器でグラノーラを食べる」などと決めているのを見て、おもしろい使い方をするなと思いながらニヤニヤしていたり。“ふつう”を意識したことはないのですが、強いて言うならそれが私にとって器へのスタンダードな向き合い方かもしれません。
石原文子
パリと東京を行き来するファッション業界での仕事を経て、夫婦で2011年に全国各地の民藝を中心とした器とフランスのフォーククラフトの器のオンラインショップ『日々の暮らし』、2013年に東京・世田谷の上町に実店舗『工芸喜頓』をオープンする。
工芸喜頓 公式サイト